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2006年10月 9日 (月)

「レディ・イン・ザ・ウォーター」

世界一高額の脚本家M・ナイト・シャマラン製作、脚本、監督作品ですが、いまいちでした。今までは金のために書いてきたけど、これからは書きたいこと書かしてもらうよ、って感じで仕上げた作品で、一番受けたのはシナリオのセオリーを破ってまで映画評論家役の俳優さんを化け物の餌食にしたシーンでした。よっぽど映画評論家が嫌いなのね。話の筋は”水の精”を”青い世界”に送り届ける為に種種雑多な人種が集まるアパートの住人が謎解きと困難に立ち向かうという、ETの大人版のようなものでヒューマンドラマ、っちゅーのこーゆーの?シャマランが遊びながらシナリオを楽しんで書いてる、ってーのか、うまく書けないんで投げ出した、ってーのか。どっちにしろ完全な失敗作です。シャマランの過去の作品から引っ張ってきたような楽屋落ちめいたものがあったりして、シャマラン好きな人は観ていて面白いのかも知れませんがね。どうも登場人物が多すぎて個々のキャラクターが充分に個性を主張出来ていない散漫な印象を受けました。そのせいか人物の動きが場当たり的、御都合主義的に見えてしまって、その上説教臭いと、まあこれ以上は申しません。こっからは蛇足です。昔、丹下左膳を書いた林不忘という人がいて、この人は他に谷譲ニ、牧逸馬というペンネームでも小説をかきまくった大流行作家でしたが、本当は純文学志向の強い人で「さあ、そろそろ金も貯まったから純文学を・・」という矢先に無理が祟って早死にしてしまいました。結局、彼の代表作は心ならずも彼が生きる糧として書いた膨大な作品群という事になったわけです。表現者にこの手の苦悩はつき物でしょうが、シャマランもそれを百も承知の上で今まで脚本を書き続けていた事でしょう。自分で製作し、自分で脚本を書き、自分で監督する。失敗したら全部自分のせいでいいから自分の作りたい作品を作る。「これでいいのだ」(バカボンの親父か?)と開き直っているシャマランの顔が頭に浮かびます。

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