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2006年9月10日 (日)

「グエムル漢江の怪物」

「グエムル漢江の怪物」観て参りました。この映画が持っている雰囲気を人間にたとえると、リベラルな思想の持ち主でありながら気取りのない洒落のわかる男で、そこらの焼き鳥の屋台で一杯ひっかけたあと、親父お土産に何本か焼いてくれ、っていう人のような感じがしました。だから受けるのでしょう。話はナマズとトカゲのあいの子みたいな化け物に娘を奪われたダメ親父とその父親、弟妹の話です。韓国においては民主化運動に参加した人間は冷や飯を食うのが通り相場なのでしょうか?反米的な面のある映画だということはわかったのですが、細部の社会状況までには知識不足で不明な点がありました。全体としてはよくできた作品だと思いましたが、派手なアクションや特撮を期待していくと期待はずれということになるかも。テーマは家族愛だと昼のニュースで監督自身が言ってましたので間違いないでしょう。家族愛の映画です。そう思ってみれば違和感なく観れる映画です。

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「X-MENファイナルディシジョン」

「X-MENファイナルディシジョン」観て参りました。シリーズ三作目ということで、いい区切りだと思います。仕事でも「三ヶ月三年」なんて言ってね。続けられるかどうかの目安なんですよ、三て数字はね。ということで、今回はミュータントを普通の人間に戻す為の「キュア(治療薬)」をめぐってのハルマゲドンです。前作で死んだかと思ったジーンが生きていてマグニート軍に加わる、という展開でかつての恋人やスキンヘッドの園長まで殺してしまう暴れよう。その時の顔がまた怖えーんだ。まっストーム派の私としてはどうでもいいんだけど・・・。この映画に単なるSFアクションではない深みを与えているのは、作品のテーマが「種」としての違いをミュータントと人間が個性として差別や偏見無くお互いに認識しあえるか、という点にあると思う。これは人種のサラダボウルと言われるようになったアメリカ社会が常に直面している問題なのだろう。日本においても同種の問題はある。かつてハンセン氏病の患者は生家から離され、収容所のような療養所で生活する事を強いられ、患者同士が結婚して産まれた子供は出産後すぐに葬られた、という。行政の責任を問う訴訟が起こされたが、それ以上に彼らハンセン氏病患者を差別し、社会から廃絶しようとした一般市民の罪は大きい。当時の状況においてはいくら政府が安全宣言したとしてもそれを受け入れる社会的基盤があったかどうか疑問が残る。作品中ではミュータントである事を捨てる者、ミュータントととして生き続ける道を選択する者、それぞれの思いが描かれていて好感が持てた。この映画のラストのように異なる「種」の共存が実現するのはいつになるのやら?とりあえず「X-MENファイナルディシジョン」に拍手です。

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2006年9月 9日 (土)

「アキハバラ@ディープ」

「アキハバラ@ディープ」観て参りました。おっどろいた。私を含め、四人しか客がいない。そんなにつまらない映画でもないのに・・・。五人のオタクが自ら開発した検索システムを横取りされ、それを取り戻す話です。オタクの一人のパソコンにアップルコンピュータの創始者スティーブ.ジョブズの画が使われてました。話の土台はビル.ゲイツがWindowsを出した時、Macのアイコンをそのままパクッた事あたりを題材にしてるのかもね。よく出来たシナリオで、デジタルビジネスの下層民を自認する彼らが巨大IT企業のオーナーCEOに立ち向かっていくくだりは、テンポもよく、素直に感情移入できて、そこそこいけてると思うんだけどなあ。何故か四人でした。話は横にそれますが、敵役のCEOのぶっ壊れ具合ですが、少女をブルマ姿にして飼育するという狂気は平和な時だからこそ浮き上がって見えるものですね。人の尊厳や自由を奪い、監禁、拷問するのが当たり前のような戦時の中ではこのようなことは埋没してしまうような小さな狂気にすぎないでしょう。それを大事に大事に弄んでいるか、逆に弄ばれているか、そのどちらかに我々は立っているのかもしれません。今の日本を見ているとそう思えるのです。

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