« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »

2006年7月30日 (日)

「ゲド戦記」

「ゲド戦記」観て参りました。ハラハラドキドキしっぱなしでした。観終った後の子供の質問攻めが恐ろしくて。「アレンはなんでお父さんを殺したの?」「それは多分エディプスコンプレックスとかあって・・・」「なんでクモは人狩りをしたの?」「悪い奴だから・・・」「なんであれが魔法の剣だったの?」「ハイタカがそういってたから・・・」「なんでテルーが竜になったの?」「そ、そ、それは・・・」もう勘弁して下さいよ、お客さん。トホホ。。「千と千尋の神隠し」や「ハウルの動く城」に続き、スタジオジブリの『雰囲気でイケイケドンドン式』作品がついにここまで来てしまいました。も少しストーリーの中に説明や伏線を加えて欲しい。何もかもが唐突過ぎてさっぱり分かりません。映像的にもここ何作かの中では最低の出来でした。スタジオジブリ様が素晴らしいのは充分に認知されました。どうかこれからは昔のように子供にも大人にもわかって楽しめる作品を作ってくださいませんでしょうか?子供の質問に満足に答えられないアホ親父からの切なる願いです。追伸、子供には、命は大切なんだよ、って教えときました。それだけはわかっていたようでひとまず安心。

|

2006年7月26日 (水)

「ハチミツとクローバー」

「ハチミツとクローバー」観て参りました。正直言って、俺の年金いったい誰が払ってくれんのか心配になりました。いやいや下世話な話で申し訳ない。でも男三人と女二人の恋物語で誰もくっつかないってどうよ。先週観た「ラブ☆コン」同様人気少女マンガの映画化です。美大に通う男女五人の恋のお話なので少々浮世離れしているのは仕方ないとしても、登場人物が皆何だか机上で恋愛を弄んでいるかのような印象のみが残り、恋に苦悩する姿にも共感出来ませんでした。恋愛はイデアでするのではなくパッションでするものだと思います。特に芸術家は激情家が多い職種(ピカソやフリーダカーロなんて滅茶苦茶)なのにね。最近の若者にはこういう傾向の人が多いのでしょうか、これじゃ少子化に拍車がかかるわけだわ。日本の未来(イコール俺の年金か?)が心配でおちおち映画なんて観てる場合じゃねえよな、まったく。

|

2006年7月22日 (土)

「ラブ☆コン」

「ラブ☆コン」観て参りました。E・E・E・E・E・とってもEのでR!(俺は嵐山光三郎か?)夏休み初日とあってか、私の周りの席は女子中高生で埋め尽くされておりました。こんなに多くの女子中高生に囲まれて映画を観たのは初めて。ちょっと圧倒されたです。話はデカ女とチビ男の学園ラブコメで、人気漫画の原作を土台に「ブス恋」の鈴木おさむが脚本を担当、今までに無いタイプの邦画になってます。主人公の二人がとにかくE。特にデカ女小泉リサ役の藤澤恵麻がハマリ役、背が高くて、胸ペチャ、個性的な顔立ちで、明るく元気な外面とはうらはらに恋には臆病、そんなキャラを好演してます。不器用でけなげなリサを思わず「がんばれぇ~」って応援したくなります。その他脇役もマンガチックで笑わします。かつらマニアの臼井先生、ラッパー海坊主、人力車のアニキに舞竹先生と皆きっついキャラです。見るべきは登場人物のファッション、インテリア、セット等々美術です。色使いのセンスがポップでこの軽いノリの学園ドラマによく合ってます。この美術の部分にもっと制作費をかけられたら、かなりファンタジックな出来(例えば「シザーハンズ」のような)になったかも知れませんね。もちろんこのままでも充分楽しめる作品です。鬱陶しい気分を晴らすには最高、是非ともご覧下さい。

|

2006年7月20日 (木)

「日本沈没」二回目

「日本沈没」二回目の書き込みです。TB戴いた皆さん有難う御座います。今回はマジでいっちゃうよ~ん。「日本沈没」の惜しかった点は登場人物の描き方が画一的だった点です。先ず登場人物中、富士山の観測所の柄本明は無駄でした。私なら富士山を描く事に一生を賭けた末期がんの染物師(久保田一竹がモデル)に変えます。それと腐れ政治家を描く時間を半分にし、原作にも登場していた、沈み行く日本と心中する富豪の老人を登場させます。この老人が死に際して、和装の侍女、うら若き乙女の花枝を丸裸にしてその裸体を愛でるシーンを必ず入れます。このシーンは「日本沈没」において最もエロチックなビジュアルで又文学的な意味合いを持ったシーンです。何故この登場人物が映像化されないのかが疑問です。未曾有の天災の下、置き去りにされ、ただ逃げ惑う民衆、類型化された厚顔無恥な為政者、リアリティとはそういう視覚的なイメージからは産まれません。それとせっかく離れ離れにさせた男女を何故最後に会わせなければいけないのか、それも分かりません。やはりこの場合の演出は、小野寺が潜水艇に乗り込んだ後に玲子が置手紙を読む、という設定にし、手紙の文面は小野寺が潜水艇で悪戦苦闘している画をバックに情感たっぷりに読ませるのが王道です。臭いのは百も承知でワンワン泣かせて欲しいのです。当たり前の人物を当たり前に描くのでは映画を観る価値はありません。ありえない物をあたかもあるがごとく描いて映画は始めて成立するのです。でもやっぱりトンカツ食いたい、でした。

|

2006年7月18日 (火)

「パイレーツオブカリビアン・デッドマンズチェスト」

「パイレーツオブカリビアン・デッドマンズチェスト」観て参りました。ジョニデ最高。こういう現実にはいなさそうな人物を演じる時のジョニデにかなう役者はいませんね。それと敵役のタコ社長じゃないタコ船長、これがまたよく出来たエグいキャラでこちらも二重丸。ハリウッド創生期の冒険大活劇を思わせる未開の地での冒険有、アクション有、恋の鞘当有、の大娯楽作です。シナリオもよく出来てる。特に今回はジャック.スパロウ(ジョニー.デップ)ウィル.ターナー(オーランド.ブルーム)エリザベス.スワン(キーラ.ナイトレイ)この三人の三角関係が観る者を引き込みます。映画の冒頭で結婚式の始まる寸前に引き離されたウィルとエリザベス。ジャックと再会し揺れ動くエリザベスの乙女心。一体エリザベスはどちらの男を選ぶの、と気を揉む女性ファンも多いのではないでしょうか?でもその三角関係が思わぬ展開を生み・・・。女って怖い。自分の迷う心に決着をつける為にあんなことするなんて。どんな事したかは劇場で目ン玉ひん剥いてよく見てね。他にも目ン玉ひん剥くシーンは一杯あるので目薬を持ってった方がいいかもよ。

|

2006年7月17日 (月)

「ブレイブストーリー」

「ブレイブストーリー」観て参りました。これから衝撃的な告白を致します。実は私、妻子持ちだったのです。えっ、知ってた?まあ、いいや。と言うわけで今日は家族で「ブレイブストーリー」を観に行きました。上映終了後、小学五年生の息子に感想を聞くと、話がよくわからなかった。前に観た「カーズ」の方が面白かった、とのこと。ウーンお前もか、思わずうなりたくなる心境でした。何故、アメリカ人が製作した「カーズ」の方が大人子供を問わず面白く観れて、同じ日本人が作った「ブレイブストーリー」がわからないのか?この事にアメリカの映画産業が世界を席巻し続けてきた要因があるのです。多民族国家であるアメリカでは様々な思想信条、宗教、倫理観を持った人々が一緒に映画を観ます。その為、それら人々に共通した価値観(人間として最もプリミティブな部分で共有する普遍的な心情)をテーマにしなければ商業映画は成立しないのです。そこでハリウッドはシナリオ段階で、感情的に複雑でわかりにくい部分を極力殺ぎ落とす事に注力、徹底的に単純化することでアメリカ映画が世界中で観られるようにしました。かつて三島由紀夫が黒澤明の思想を「中学生」と評しました。しかし、ハリウッドにおいて同時代に活躍した溝口健二や小津安二郎に比べ、圧倒的に評価の高いのが黒澤明です。この事にも恐らくアメリカ映画成立の背景が関係しているように思えてなりません。この作品を観ていると日本映画が世界で上映されるようになるのは、夢のまた夢(ストーリー的に納得出来ない部分も多々有です)。そのような感想を持ちました。

|

2006年7月15日 (土)

「日本沈没」

「日本沈没」観て参りました。「日本沈没」と言えばトンカツですよね。いや失敬、これは私だけでした。オリジナルの「日本沈没」は1973年公開らしいです。私、これ横浜の馬車道にあった横浜東宝かなんかで観てるんですけどね、全然記憶にないんですわ。そのかわり、映画の帰りに食った「勝烈庵」のトンカツのうまさは忘れられなくて、以来私の大好物の一つです。さて、本題に入ります。SF作家として名高い原作者の小松左京氏は当時「日本沈没」を「もし日本が沈没するとしたら経済は、内政は、外交はどの様に動くだろうか」というシュミレーション小説として書いた、と言われてました。30年以上前と現在とでは内外共に全く状況が変わってますので、当時のままの設定では映画化しにくいだろうと思ってましたが、この作品では個々の登場人物の生き様が重点的に描かれ、固い話は脇に置かれたようでした。特撮や3DCGを織り交ぜた画面は迫力有、見せてくれます。陸海空の自衛隊、東京消防庁も前面協力ということで、時代変わったなぁ。豊川悦司それと草薙君と柴咲コウが良い味出してました。この二人のラブストーリーはもっと臭くワンワン泣かせるような演出にしても良かったんじゃないかと思いましたけどね。洋の東西を問わず国家の一大事の時には主人公が命を張って国を救わなければいけないんでしょうか?結末にもう一工夫あってもよかったのでは。てな訳でトンカツ食いたーい、でした。

|

「サイレントヒル」

「サイレントヒル」観て参りました。「どうだった?」「キモッ!」ほぼ一緒に席を立ったアベックのお姉さんが言いました。同感です。この映画の後じゃあ飯は食えねえよ、お兄さん。バッカじゃない。と言うわけでキモい映画でした。話は夢遊病の娘に悩む母親が娘の口にした、サイレントヒルという言葉を頼りに謎を解き明かす為、ゴーストタウンとなったサイレントヒルに潜入し、そこで・・・、というもの。RPGをそのまんま映画にしたような作りになっていて、主人公の母親が灰の降り注ぐゴーストタウンを縦横無尽に駆け巡り、謎を解き、危機を脱します。見せ場はこの不気味な街(パラレルワールド)と不気味な登場人物です。皆悪夢の中から湧き出たようなキャラばかりで強烈。お化け屋敷を主人公と一緒に歩いているような錯覚さえ覚えます。最後の修羅場を終えラストは丸く収まるのかと思いきや、このあとは映画館でどうぞ。彼女と一緒に映画を見た後、食事して、それから・・・と思っているお兄さんはくれぐれも気をつけてね。老婆心ながら。

|

2006年7月 8日 (土)

「カーズ」二回目

「カーズ」二回目観て参りました。今回は字幕版で。ポール.ニューマンの吹き替えが気になったので一応です。アメリカ人はポール.ニューマンがクルマの声で登場するという事にどのような思いがあるのか一度聞いてみたいところです。というよりもこのようにクルマがしゃべったり笑ったり泣いたりする映画にどのような感情を抱くか尋ねてみたい。日本人にとってこういう設定は余り違和感が無いはずです。それは日本人の精神風土で大きな部分を占めるのがアニミズムだからです。アニミズムとは大雑把にいうと生物非生物の隔てなく、万物に霊が宿っていると考える宗教観です。だからクルマが笑ったり泣いたりしても何も不思議はないのです。よく何々供養、例えば針供養ですとか、筆供養ですとかありますが、それも日本人特有の感情なのです。先日ケンタッキーフライドチキンで、鶏供養という神事を毎年行っていると言う事を「トリビアの泉」でやっておりました。こんなことをしてるのは世界中で日本だけだそうです。因みにアニメーションの語源はアニミズムで日本が世界一のアニメ大国であるのと無縁では無さそうです。日本の製造業(物作り)がここまで発展したのも、作った物に作った人間の霊魂が宿ると言う潜在意識(職人気質)が、物の作り手に妥協を許さなかった事に起因する、という説もあり、今日の日本経済を支えている要因の一つであると考えられています。失礼、話が大きく脇に逸れました。ポール.ニューマンの吹き替えはやはり絶妙でした。声が渋いのはもとより、セリフの間の取り方や強弱は、余人を持ってかえ難い、味わいを醸しておりました。ポール.ニューマンファンならずとも必見ですぞ。

|

2006年7月 3日 (月)

「初恋」五回目

「初恋」五回目観て参りました。七月七日が公開終了日ということで、恐らくこれが最後の観賞になるでしょう。最後はただぼんやりと画面を眺めるように観ようと思って席につきました。今まで色々と書いてきましたが、自分が何故この映画にひかれたか、はっきりとした答は未だに出てません。しかし、何も考えず画面を眺めていると、強く私に訴えかけてくるものがあったのです。それは主人公みすずを演じる宮崎あおいの演技です。良い、良いのは初めて観た時からわかっていたのですが、そういう良いではなくて陳腐な言葉で申し訳ありませんが名演なんですね、これが。無口で不安と孤独におびえながらも必死に自分を守ろうとしている少女からキシと出会い大胆な犯行を成し遂げたあとのみすずの変化をしっかりと演じ分けています。印象的だったのは兄リョウが死んだ病院でのシーン、病院に駆けつけた実母がリョウの亡骸を見、泣き叫ぶのを聞いた瞬間、みすずの肩がビクッと震えるのです。兄の死、十数年振りかの母との再会、複雑な感情が絡み合った状況に対処出来ずにいるみすずの内面を的確にとらえた演技だったと思います。言葉少なだった少女みすず、しかし、宮崎あおいはその表情と演技で饒舌なまでに様々な事を観客に語りかけてきた。それがこの映画の全てだったのかもしれない。

|

2006年7月 2日 (日)

「カーズ」

「カーズ」観て参りました。先ず一言。大人泣かすんじゃねえ、ピクサー!と言う事でよく出来たアニメでした。話は高慢で上昇志向の強い主人公ライトニング.マックィーンが大事なレースに向かう移動中、さびれた街ラジエーター.スプリングスに迷い込み、そこで知り合ったクルマ達との交流から本当に大切なものは何かを知る、といった内容です。吹き替え版だったのでまわりの席は親子連ればかり。序盤、マックィーンがラジエーター.スプリングスを暴走し、最後に有刺鉄線に絡まって電柱に宙吊りになるシーンで隣席の子供が大はしゃぎ(相当通なお子さんだ)。あとトラクターが一斉にひっくり返るシーンでもゲラゲラ笑ってた(なんのパロディか、お子さんに教えを乞えばよかった?)。オッチャンである私は、只々やられた、って感じで最後は大泣き。動物を擬人化して映画を作るのはディズニーのお家芸。しかし、それをクルマでやるとは、企画のうまさに脱帽。クルマはその形、年代、用途等でキャラクターが一目瞭然、まさに人間と同じ位キャラクターの描き分け方が豊富に出来る素材だったのね(機関車トーマス見て思いついたのかな?)。自分の事のみを考え、ひたすら速く走り、競争に勝つ事だけしか関心の無いマックィーンに現代人を重ね合わせ、他人を思いやりながらゆっくり生きようよ、と諭してくれたラジエーター.スプリングスの皆様有難うです。

|

2006年7月 1日 (土)

「バルトの楽園」

「バルトの楽園」観て参りました。マツケン最高!と共に色々考えさせられる作品でした。話は第一次世界大戦中にあった事実を元にしたもので、1914年青島で日本軍の捕虜となったドイツ兵の人権を尊重し寛容な処遇を与えた板東捕虜収容所の所長松江豊寿と地域の住民、ドイツ人捕虜達のヒューマンドラマです。美談です。文化、人種、言葉、又敵味方の壁を超え、お互いが一人の人間として理解し尊重し合う様は心安らぎ、和みます。しかし、この美談となった歴史的事実、言い換えれば良質の天然素材をそのままに調理した、刺身のふな盛りのような印象を受けました。もう少し味付けが欲しかった。松江所長と住民、ドイツ兵達の間が余りに素直にうまく行き過ぎる為(うまく行ってないケースも一部ある)微笑ましく安心して観られるのですが、もう少し両者の間に葛藤があり、それが徐々に氷解していくといった作りにした方が最後の大団円、交響曲第九番歓喜の歌、が生きるのではないでしょうか?ここまでが作品に関する話で、あとは余談。「ある明治人の記録」という本があります。副題として「会津人柴五郎の遺書」と銘打たれてます。この柴五郎という人物は明治維新の時、逆賊となった会津藩の出身者でありながら、その才を買われ、日露戦争でバルチック艦隊壊滅を指揮した秋山真之らと共にアメリカに留学、後には陸軍大将にまでなった人(松江収容所長も会津藩の出身者)です。この本を読むと明治維新の中核として活躍した薩長の人間が会津藩の人々に対し、いかに苛烈な処罰を下したかがよくわかります。同じ民族の間で何故ここまで酷い事が出来たのかと思っておりましたら、其の頃の日本には同じ民族という意識が希薄だったようで、日本人が今のような同じ民族としての感情を持つようになったのは日清戦争以降の事らしいです。余談ついでにもう一つ。第二次世界大戦中インドシナで一人のフランス人が日本軍の捕虜になり、その時の体験をもとに後に映画史に残る二本の映画の原作を書きました。男の名前はピエール.ブール、映画は「戦場にかける橋」そして「猿の惑星」です。

|

« 2006年6月 | トップページ | 2006年8月 »