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2006年5月 4日 (木)

前略越智道雄様

前略越智道雄様いかがお過ごしでしょうか?初めてお会いしたときから二十年を経た今、やっと先生のおっしゃっていた、アメリカ映画を観る時のキーワードは民族である、という言葉の意味が理解できるようになりました。あの時先生にカシオのポータブルワープロ(死語)の操作説明をしながら、何度著作の件でお話を伺おうとした事か、しかし出来ませんでした。当時の私は「たとえ他民族国家アメリカで作られた映画であっても、人間がその根底に持つ感情のレベルで同じである限りアメリカ以外の国で作られた映画と観賞方法を異にするものではない」という思いがあったからです。しかし、もし私が持論を今日まで貫き通していたなら過日「プロデューサーズ」を観た際、半分も笑えなかったことでしょう。何故、ゲイの演出家の家に住み込んでいたインディアンがチェロキー族なのか、そんな些細な事柄にも最近では反応する様になりました。私にとって全く未知であった、民族を通しての映画の見方をお示し下さり誠に有難うございます。奥様にもよろしくお伝えください。教えていただいたキト酸しばらく飲んでおりました。

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